「あなたの場合は」が、一番うれしかった
いつもと違う美容院に行くことになった。
普段の私は「お任せで」としか言わない。美容院に参考画像を持っていったこともないし、「キムタクみたいにしてください」と芸能人の写真を差し出すメンタルもない。そういうことができる人がいると知ったとき、軽くカルチャーショックを受けたくらいだ。
でも今回は、初めての美容師さん。「お任せで」が通じるほど、私の好みを共有していない。何かしらの形で、自分の「好き」を言語化しなければいけなかった。
安定のホットペッパーで、美容院を探しつつ、なんとなく気になるカラーリングを見つけた。男性モデルのスタイルだった。なぜ惹かれたのか、自分でもよくわからないけど、目が止まる。その理由を知りたくて、Geminiに聞いてみた。
このスタイルのどこに惹かれてるんだと思う?
仕事で日常的にAIを使っているので、こういう自分でもよくわからない感覚の壁打ちは慣れている。AIはちゃんと分解してくれる。色味のトーンなのか、透明感なのか、束感なのか、シルエットなのか。
返ってきた説明を読んでいるうちに、「ああ、自分はこういうのが好きなんだ」と腑に落ちていく。なんとなくの“いい感じ”が、言葉と要素に分解されていく感覚。
そこでさらに聞いてみた。
じゃあこれ、女性だったらどうなる?
そうしてAIに画像を作ってもらった。4〜5枚。どれも、さっき分解してもらった私の好みが反映されたスタイルだった。
楽しかった。自分の好みをダイレクトに反映したヘアカタログを、AIと一緒に作っている感覚。ホットペッパーやインスタの海から、近いやつを探すのとはまったく違う。自分の「これが好き」を起点にして、そこからスタイルを生成していく。
ただ、ひとつ問題があった。
出てきた画像の子たちは、みんな可愛い。爆美女である。AI画像はだいたい爆美女だ。髪質も骨格も肌の質感も、全部理想的。光の当たり方まで完璧。どう考えても、こうはならんだろうなぁ、と思った。
思ったけど、結局その画像を持っていくことにした。
初めての美容院で、カット台に座ってからスマホを取り出す。
「これ、AIで作ったんですけど……」
そう言いながら画面を見せるのは、少し恥ずかしかった。AI画像だからというより、自分の「こうしたい」を、はっきりと人に見せる行為そのものが、照れくさかったのだと思う。
美容師さんの反応は、思ったよりもあっさりしたものだった。
「AIすごいですね」
それだけ。
よく考えれば当然だ。美容師さんにとっては、ホットペッパーのカタログだろうが、インスタのスクショだろうが、AIが作った画像だろうが、どれも「参考画像」のひとつでしかない。私の中では「AIで作った」という事実と初めて参考画像を持っていったことが大きな意味を持っていたけれど、プロの目線からすれば、日常の一コマにすぎない。
私はお願いした。
「はっきり言ってほしいんです。似合わないなら、似合わないって」
美容師さんは、やんわりと、でもちゃんと言ってくれた。
「今の髪の状態だと、ここまでは難しいですね」
その言葉を聞いて、なぜかホッとした。
AIが作った爆美女の髪型ではなく、目の前にいる私の髪を見て、触って、「あなたにはこう」と判断してくれた。その「あなたにはこう」が、すごく信用できた。
仕上がりには、ちゃんと満足した。AI画像そのままではないけれど、私の髪と顔と生活に合わせて調整されたスタイルになっていた。
普段の私は、AIで仕組みを作って「渡す側」にいる。クライアントの業務をヒアリングして、ワークフローを組んで、これで楽になりますよとシステムやプロンプトを渡す立場だ。
でも今回は、完全に「受け取る側」だった。自分が持っていったAI画像に対して、プロが「あなたの場合はこうですよ」と返してくれる。そのやりとりの中で、私は「あなたの場合は」という一言に、強い安心を覚えた。
AIかどうかは、たぶんそのうちどうでもよくなる。参考画像は全部AIが作るようになるかもしれないし、美容師さん側がAIでスタイル提案をしてくる未来も、そう遠くないだろう。
それでも、目の前の人を見て、その人の髪を触って、その人の生活や雰囲気を想像しながら「あなたにはこう」と判断する。そのプロセスに、私は信頼を感じる。
AIと一緒に「好き」を掘り下げていく時間も楽しい。でも最後に安心をくれるのは、目の前の誰かの「あなたの場合は」という言葉なのかもしれない。
また自分が「渡す側」に戻ったとき、この感覚を忘れたくないと思った。仕組みやツールを渡すときにも、ちゃんと相手を見て、「あなたの場合はこうですよ」と言える人でいたい。