50km歩いて、ドベだった
去年、20kg痩せた。
食事を変えて、毎日歩いた。気がついたら1万歩が習慣になっていて、体が軽くなると不思議なもので、「もうちょっといけるんじゃないか」と思い始めた。
50kmウォーキングの大会があると知って、エントリーしてみた。毎日1万歩歩いてるし、その延長でいけるだろうと。でも、歩ききれる自信も全然なかった。
予防線を張るか、悔しがるか
こういうとき、「まあ初めてだし」「50kmだし、無理でも当然」。ダメだったときに傷つかないように、先に言い訳を用意しておく。
でも、このときはそれが嫌だった。
40を過ぎて、「まあこんなもんでしょ」って最初からわかってたふりをしたり、何をやっても「こんなもんでしょ」「知ってた」という顔で、でも実際には何も新しいことをやっていない。私はそうなりたくなかったのだ。
だから決めた。ダメだったら、ちゃんと悔しい思いをしよう、と。
今思えば、これはちょっと変わった決意だったかもしれない。普通は「完歩するぞ」とか「優勝するぞ」とか決意するものだと思う。私が決めたのは、「ちゃんと傷つく」ということだった。
最初の20kmと、登山のノリ
当日は天気がよかった。最初の20kmくらいは普通に歩けていたし、むしろ、ペースもいつもより早かった。正直「いけるかも」と思っていた。エイドでおにぎりとつくね棒みたいなのをもらって、私は登山と同じノリで座って食べた。
これが大失敗だった。
ウォーキング大会と登山はまったく別物だということを、私はこのとき知らなかった。ペース配分なんて概念がそもそも頭になかったのだ。座ったら、疲れがどっと出た。
下半身がちぎれたらいいのに
そこからは地獄だった。
靴が合っていなかった。私はハイアーチなのだけど、足がむくんで靴の中で圧迫されて、激痛が走った。毎日1万歩歩いていて、一度もこんな痛みはなかったのに。1万歩と50kmがまったく別物だということを、靴のサイズから思い知らされた。
脛も激痛。歩くたびにズキズキと痛みが走って、途中から本気で「このまま下半身がちぎれたらいいのに」と、純粋にそう思った。痛みを感じない体になりたかった。
それでも歩いた。途中一人で歩いてた女の子と仲良くなり、彼女はリタイアすると言っていた。私ももう無理だしそうしようかと思った。40km近く歩いたし、もういいやん。そんなことを思ったけど、違う集団とご一緒させていただくことに。
初めて会った人と色々な話をすることで気が紛れた。みんな疲れてるし、どこかしら痛いのは一緒だったからだ。誰かと一緒にということで、とても安心できた。
おばあちゃんにスタスタ抜かれた
50km、歩き切った。完歩はした。
でも、ドベだった。私より全然年上のおばあちゃんが、涼しい顔でスタスタ歩いていた。余裕で先に行った。そりゃもう、悔しかった。
でも、この悔しさは自分で選んだものだった。「ダメだったら悔しがろう」と決めて出たから、ちゃんと悔しかった。もし予防線を張っていたら、この感情はなかったと思う。「まあ初めてだし」で、何も感じないまま終わっていた。
50kmの先にあったもの
50km歩いて一番思い知ったのは、「足」のことだった。
靴、足の裏、アーチ、歩き方。毎日1万歩歩いてるだけじゃ見えなかったことが、距離を一気に伸ばしたことで全部見えた。自分の体の「土台」に、こんなに穴があったのかと。
帰ってから、後日トゥスペーサーを買った。靴や足の構造について調べるようになった。「もっと歩けるようになりたい」という気持ちは、悔しさの先にあった。やってみないと、自分に何が足りないかはわからないものだなと思う。
それ以来、週に1回、もしくは2週間に1回くらいのペースで、岐阜の金華山に登っている。低山だ。でも、私にはそれがちょうどいい。
筋力が足りないんじゃないか、という仮説がある。50kmでドベだったのは、ペース配分の問題もあるけど、そもそも体の土台が弱かったんじゃないか。まだ答えは出ていない。
「動きながら考える」というのが、今の私にはけっこう合っている気がする。答えが先にあるんじゃなくて、体を動かしているうちに見えてくるものがある。たぶん。
次の「できるかわからないこと」へ
今年は毎年歩いてる東北のロングトレイルに加え、熊野古道にも行こうと思っている。そして、年内には再度50kmウォーキングにまたチャレンジしたい。40を過ぎて、知らない場所に初心者として立つのは怖いし、億劫なことかもしれない。
でも、予防線の内側にいたら、悔しいも嬉しいもない。「まあこんなもんでしょ」で終わる人生は、たぶんつまらない。
次の景色は、そこにしかない。